復興という名の

  • 2011.08.31 Wednesday
  • 02:38
夏休みに実家に帰ったとき、ほど近い海岸部へクルマを走らせた。

震災から5カ月も経過していたから、あの当日テレビで観た生々しさはだいぶ薄れていた。
けれどやはりそこにあったのは、おれの記憶していたものと大きく異なる景観だった。

助手席で母が言う。
「お父さん(注:おれの父である)がよく乗ってた釣り船がまだ転がってるんだって……ほら」
まさに通りがかった道路の傍らに、「第五蔵王丸」が船底をただただ青い空に向けて横たわっていた。

何度か行ったことのある港も巡った。
これホントに積んだの? と訝るぐらい高く、ガレキがキチンと分別されて積まれている。そんなガレキの上にも青い空が広がっていた。

港の船着き場に近いところで、合同の法要のようなものが港の一角で催されていた。
その鯨幕のスキマからきらりと日光を反射している海が見えた。
いまは普通に見える海が、あんなふうに荒れたとは信じられなかった。

うっかりしていたら、小さく陥没した道路にタイヤがはまり、クルマが大きく揺れた。
そのせいか、後席のチャイルドシートで寝ていたムスコが急にむずかりだした。
ごめんごめんと声に出してムスコに謝りながら、心のなかではこの震災に対してなんだか感覚がすっかり麻痺してしまっていた自分の非礼を誰にともなく謝っていた。ごめんごめん。

復興というのは、復旧を超えた状態を指すのだろうが、今の東北太平洋沿岸の状況は、復旧からもほど遠い状況なんだろう。いったい、いつになったら復興という未来を迎えられるのだろうか。

いまこの日本には、復興という名を掲げたさまざまな支援活動やらサービスやらなにやらがあふれている。正直いままで、そういう団体や人々に、ただ「復興」って言いたいだけじゃないの? と素直ではない視線を投げかけていたおれだった。

しかし震災後に初めて現地の状況を見ると、もうそんな真偽のほどはともかくとして、そういう復興という名を冠している活動すべてが、とにかく被災地が実際に復興を遂げる助けになってくれればいいと心から思った。

もちろんおれも今までどおりできることをする。
できることしかできないのはあたりまえだけど。
できることを。

そんなことをいまさらながら思った夏休みだった。
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